校長からのメッセージ

校長からのメッセージ

駅ピアノ・空港ピアノで世界の人たちがつながるオリンピック・パラリンピックを

 音楽の都チェコ・プラハの玄関、マサリク駅(1845年開業)には、毎日3万人の旅行客が乗り降りする。この駅の通り口には、誰でも自由に弾いていいアップライトピアノが1台置かれている。そのピアノにカメラを設置して撮影し、演奏後に語った思いも収めた「駅ピアノ」(BS・NHK)を見ると心がなごむ。
 建築現場で働くAさん(男性)が弾き始めたのは、勇気がなくて告白できなかった女性への思いをつづった自作曲である。生まれて間もなく親に捨てられたAさんは孤児院で育ち、そこで先輩からピアノを習い、音楽を心の支えとしてきた。――音楽はエネルギーを与えてくれる。幸せな気持ちになれるんだ。今は子どもたちにピアノを教えてるんだよ。
 Bさん(男性)は大型スーパーの店員で、ピアノがあると弾かずにはいられない。映画音楽の美しいメロディーが大好きで、この日は「マイ・ハート・ウイル・ゴー・オン」(ジェームズ・ホーナー作曲)を弾いた。
 その姿をデジカメに収めて聴いていた初老の男性が、「すごく良かったよ」と握手を求めてきて、「これ、食べて」と細長いパンを差し出した。「誰かに聴いてほしいと思いながら、いつも弾いているんだ。喜んでもらえると本当にうれしいよ。演奏、気に入ってくれたんだね」と、にこやかに話す。
 「愛の讃歌」(マルグリット・モノ―作曲)を弾いたのは、年金生活者のCさん(男性)である。この曲は20代のころに耳で覚えた。チェコは1989年まで社会主義国であったので、西側の楽譜は手に入らなかった。散歩の途中で、いつもこの駅に立ち寄る。――今は何でも自由に弾ける。ピアノを弾いていると、なんだか宙に浮いているような気分さ。面倒くさいことは何も考えない。その感覚を楽しんでいるんだ。
 夜勤に向かう途中のDさん(男性)が、自分の心境をつづったオリジナル曲を弾き歌いした。――心をおだやかにして正しいことだけを考えよう。悪の誘惑に打ち勝つんだ。そうすれば新しい人生を始められる――こういった歌詞である。
 若い頃に傷害事件を起こして服役し、刑務所の教会でピアノを覚えた。この駅でピアノを弾いていると、楽しんで聴いてくれる女性が現れた。――突然、彼女が話しかけてきたんだ。それでお互い気に入って、一緒になったんだよ。ピアノのおかげだよ。今までいいことなんて、ほとんどなかった。でも、この愛を見つけたのは最高の幸せさ……。少し離れて聴いていた彼女が寄ってきてキスをし、2人は腕を組んで街に出て行った。
 駅に置かれた1台のピアノが人を音楽と出遭わせ、そして、人と人を出遭わせる。著名なピアニストが奏でる音楽ではなくて、弾いてみたくなった「ある市民」が奏でる音楽が構内に響く。音響効果の整ったホールではなくて、駅という生活のなかに置かれたピアノ、その音色が「出遭いのドラマ」を様ざまにつくりだしていく。
 父とピアノに寄って来て、人差し指で鍵盤をたたいて、ニコッと笑って行き過ぎる幼い姉と弟もいた。
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 ロサンジェルスの中心部にあるユニオン駅(1939年開業)には1日540本の列車が発着し、10万人ほどが利用している。交通局がこの駅にピアノを設置したのは2年前の2016年、利用者に気軽に音楽を楽しんでもらおうと思ってのはからいである。
 Eさん(男性)は、3時間かけて市内の倉庫に出勤してくる。この駅で必ず弾くのは「エリーゼのために」である。子どものときに聴いて「いい曲だ」と感動し、弾きたくなってしまって学校で練習を重ねた。13歳から働く身になって、今は6人家族を支えている。
 4か月前に誕生した娘に贈った名前は「エリーゼ」である。――人の心を踏みつけない優しい娘に育ってほしい。そして、ぼくが持てなかったものを持ってほしい。
 30年前、ニカラグアから内戦から逃れて移民してきたFさん(男性)が歌い奏でたのは、ジョン・レノンの「イマジン」である。数か月前にホームレスとなって、友人宅を転々としながら警備の仕事をしている。――多くの人々が苦しい思いをしてるんだ。でも、移民は働き者だよ。僕たちが欲しいのは、みんなが平等な世界だ。貧困や飢餓の無い平和を願う「イマジン」は愛唱歌である。
 ホームレスのGさん(男性)は、「諦めないこと」をテーマにしたオリジナル曲を毎週弾きにくる。ピアノは22年前からの独学である。空軍に在籍してイラクへも派遣されて、視力と聴力の低下に悩ませられるようになった。それで、かつて夢みていた音楽活動を再開することになった。――僕が一番やりたいことはホームレスの友人たちを、音楽で手助けをすることさ。僕の演奏を聴いてごらんよって、おせっかいを焼いているんだ。
 スピーカーから流れてくるCDの楽曲ではない。駅の片隅に置かれたピアノから、生の演奏が聞こえてくる。弾き手には伝えたい思いがあって、自身に語りかけたい熱い想いがある。駅前でマイクを握って激しい口調で演説する人がいるが、そうではない。メロディーに乗せて思いを静かに届けていくピアノ弾きである。
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 ピアノは、空港のロビーにも置かれている。イタリアのシチリア島のパレルモ空港は世界の78都市と結ばれていて、年間530万人が利用する。この空港にはグランドピアノが1台。搭乗するまで待ち時間が長い空港では、椅子にゆったりと座ってピアノに耳を傾ける人が多い。
 世界一周の途中だというチリ人の青年Hさん(男性)は、インドネシア・マレーシアを回ってシチリアに来た。このあとギリシャへと向かう。――家や食事にはお金をかけないよ。その分、少しでも多くのものを見たいから。ギターを携えての旅であるが、ピアノも機会があるたびに弾く。リュックを横に置いて弾いたのは、「ある午後のかぞえ詩」(ヤン・ティルセン作曲)。
 北イタリアに住むフィリピン人のIさん(女性)は、10日間のバカンスを友人と楽しんで帰路に就く。ワインを飲んでほろ酔い気分で弾き始めたのは「男と女」(フランシス・レイ作曲)。30年前にミラノの音楽院を卒業し、ピアノ教師を長年務めてきた。若き日の思い出が詰まった「男と女」を弾き終えると、出発時刻を腕時計で確かめ、ピアノに深くおじぎをして搭乗口へと向かった。
 妻や友人たちと休暇を過ごしたイギリス人のJさん(男性)が、荷物を横に置いて腰かけた。「ジャズっぽいのを弾いてよ」とリクエストされて弾いたのは、「ティル・ゼア・ウォズ・ユ―」(メレディス・ウイルソン作曲)。ピアノは聖歌隊のリーダーに教わり、趣味となってずっと弾いている。
 かつては、イギリス国防省に勤務したことがある。――世界は大変な状況さ。何をするかわからない人たちが強大な権力を握っていて、本当に恐ろしい。でも、何とか切り抜けられると信じている。戦争なんか、2度とごめんだからね。弾き終わると「最高だよ!」と言葉をかけられて、ニッコリと応えた。
 ナレーションが出る。――シチリアの空港には、世界中の人びとの奏でる音楽があふれていた。
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 2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、もう1年後となった。猛暑・酷暑となる夏の日本で開催される、4年に1度のこのスポーツの祭典に世界中から人びとが集まってくる。オリンピックモードはどんどん盛り上がっていって、日本中が沸きに沸いていくだろう。おもてなしの心で迎えようと呼びかけたボランティアの応募者数は予想を超えた。
 来日した人たちには、アスリートの熱い闘いに酔いしれるとともに「日本は素敵な国だった」という印象を胸に刻んで故国へと帰っていってほしい。
 私は思う。成田空港をはじめとする国内の各空港に、ピアノを置いてはどうだろう。千葉駅をはじめとする主要駅の広いロビーにもピアノを置いて、「誰でも自由に弾いてください」と英語で中国語で、フランス語で……呼びかけてはどうだろうか。
 駅ピアノ、空港ピアノからは、世界の国々の民俗曲が奏でられてくる。映画で聞き知っている曲やクラシックの曲が流れると、「一つの世界」が生まれる。人びとの心がつながる音楽があちこちの駅で、そして空港で流れる日本は、オリパラの感動とともに忘れられることがないだろう。
 番組「駅ピアノ」を見て感動したある人がブログに書く。――日本でも成田空港、羽田空港、そして関空、また東京駅などにグランドピアノを置いて皆が楽しめるようにすれば、日本人というのは物を造るだけでない豊かな心を持っている人々だと、それこそ世界中からリスペクトされるでしょう。
 <補>NHKの番組は、YouTubeで見ることができる。なお、「駅ピアノ」の光景は多くの人に撮影され、ネットに投稿されている。国内では佐賀駅などにピアノが置かれているという。

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