校長からのメッセージ

校長からのメッセージ

第24回 「他人のつらさを受け止める優しさ」をたいせつにして(高校卒業式式辞)

 本日、春の訪れを感じるこの佳き日に、多数の来賓・保護者のご臨席をいただき、ここに卒業証書授与式を挙行できますことは、このうえもない喜びです。511名の卒業生の皆さん、おめでとうございます。
 皆さんの輝かしい未来が、限りなく開かれていくことを、心から祈っています。また、保護者の皆様には、18年にわたるご家庭での養育に、心から敬意を表したいと思います。
 晴れて次の進路へと歩み出す皆さんのはなむけとして、吉野弘さんの「夕焼け」という詩を贈ります。吉野弘さんは、生活のなかでちょっとしたことに目が留まると、そのことを詩に詠って、気ぜわしく過ごしている私たちに大切なことを気づかせてくれています。
 「夕焼け」という詩は今から56年前に書かれ、中学校の国語の教科書に載ったこともありますが、ここ数年、様ざまな年齢の人たちがこの詩をふくめ、吉野さんの詩に共感を覚えて「心の拠りどころ」としているそうです。
 知っている人もいると思いますが、まず読んでみます。

         夕焼け
いつものことだが 電車は満員だった。 そして いつものことだが 若者と娘が腰をおろし としよりが立っていた。 
うつむいていた娘が立って としよりに席をゆずった。 そそくさととしよりが坐った。 礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。別のとしよりが娘の前に 横あいから押されてきた。 娘はうつむいた。 しかし 又立って 席を そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。 娘は坐った。 二度あることは と言う通り 別のとしよりが娘の前に 押し出された。 可哀想に 娘はうつむいて そして今度は席を立たなかった。 
次の駅も 次の駅も 下唇をギュッと噛んで 身体をこわばらせて―――。
僕は電車を降りた。 固くなってうつむいて 娘はどこまで行ったろう。 やさしい心の持ち主は いつでもどこでも われにもあらず受難者となる。
何故って やさしい心の持主は 他人のつらさを自分のつらさのように 感じるから。 やさしい心に責められながら 娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで つらい気持ちで 美しい夕焼けも見ないで。
 こういう詩です。作者は満員電車に乗って立っていました。少し離れた座席には若者と娘が坐っていて、その前に年寄りが立ちました。
 うつむいていた娘は立ち上がって席を譲りました。年寄りはそそくさと坐って、次の駅が来ると降りていきました。娘が席に座わったところ、別の年寄りが押されてきましたので、また席を譲りました。年寄りは次の駅で「ありがとう」と礼を述べて降りました。
 ここで終われば詩にはならなかったのですが、2度あることは3度あるものです。別の年寄りがまたまた座席の前に立ってきたのです。娘は、今度は席を立とうとしません。次の駅になってもその次の駅になっても、下唇をギュッと噛みしめ体をこわばらせてうつむいたままです。
 作者は電車を降りましたが、降りてからも娘のことが頭から離れません。娘は窓の外にひろがる美しい夕焼けに目をやることなく、どこまで電車に乗って行くのでしょうか。
 お年寄りのことを考えて席を譲ろうと思ったのですが、譲ることができなかった。譲らなかった自分が情けなくて下唇を噛んでうつむき、「自分の弱さ」を見つめつづける娘です。
 作者は「やさしい心の持主は、いつでもどこでも、われにもあらず受難者となる」と思いました。
 ここで、「われにもあらず」というのは、「自分から望んでのことではなくて」という意味で、受難者というのは、「本来ならば受けなくていい苦しみを、引き受けている人」のことです。
 「席を譲らずに座っている自分」をそんなに責めることはないのですが、体をこわばらせて辛さをこらえている。その姿に「人としての優しさ」を感じて、満員電車のなかでたまたま出遭ったこの光景を、「美しい夕焼け」を目にしたときと同じように、心あたたまる光景として思い起こす作者です。
 福島県の高校教師で詩人の和合亮一さんは、次のようなことを述べています。
 いま、自分のことしか考えられない、わがまま勝手な人が多くなっている。そう言われることが多いが、心やさしい人たちがふえている。とくに4年前、皆さんが中学2年生の3月11日に起きた東日本大震災のあと、やさしい心の持ち主が全国にひろがっている。
 辛い思いをしている人たちの気持ちが身に染みて分かって、手を差し伸べる人たちが大勢いる。しかし、手を差し伸べることができないこともあって、そういうときは、いたたまれない気持ちになっている。
 いま吉野弘さんの詩に多くの人が引きつけられているのは、自分のもつそういう弱さ、いたたまれずにいるときの自分を、鏡のように写し出してくれているからだろう。和合さんはこのように述べるのです。

 511名の卒業生の皆さんは、この3年間、「明朗・真摯・友愛」の校風のもとで、明るくのびやかに、そしてひたむきに生きて友情をはぐくむ学校生活を送ってきました。
 どうか卒業した後も、のびのびと明るく、そして何事にもひたむきに取り組んでください。そして、他人のつらさを受け止める優しさをたいせつにして、校歌にあるように「心の絆をつねに確かめ合いながら」さわやかに人生を歩んで行ってください。
 本校のホームページでは、随時、生徒の活躍を紹介していますので、後輩に熱いエールを送ってほしいと思います。ときには母校を訪ねて、9階の展望レストランから千葉市を一望して晴れやかな気もちを味わってください。
 もし、心が沈んでしまったときには、吉野弘さんの詩集をひらいてみましょう。なぐさめられたり、心があたたかくなったり、生きる力が湧いてきたりすると思います。
 以上、前途洋々たる卒業生に幸多かれと祈って式辞とします。

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