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第10回

毎朝、「一番若い日」を迎えつづけて生きる人

朝が来て、今日も一日が始まっていきます。

私は小さいとき、朝の来るのが楽しみでなりませんでした。今日は、どんな一日になるのだろう。したいことをいくつも頭に描き、気持ちをふくらませて「今日」を迎えたように思います。

しかし、いつの頃からでしょう。朝起きるのがおっくうになって、ずっと寝ていたいと思う日がふえて来ました。出勤する時間から逆算してセットされた目覚まし時計に起こされ、心ならずも「今日」を迎えることが多くなってきたのです。

人は誰でも、私と同じように「今日」という日を迎えているのでしょうか。そのことが気にかかってきました。

渡辺和子さんによれば、「今日」という日の迎え方には二通りあると言います。つまり、今まで生きて来た日々の中で「一番年取った日」として迎える人と、自分にとって「一番若い日」として迎える人です。(『愛をこめて生きる』PHP文庫)

考えてみますと、確かに「今日」という日は、どの人にとっても、これまでの人生で、一番年取った日です。しかしまた、「今日」という日以上に若い日を私たちがもっていないことも、また事実です。

どちらの思いをいだいて「今日」という日を迎えるか。その迎え方しだいで、人生は微妙に、もしかしたら大きく異なっていくと渡辺さんは述べます。私は新しい「今日」という日を、「一番若い日」として迎えつづけて年老いたいのですが、そういう迎え方は今からでもできるでしょうか。


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岩田美津子さんは目が不自由なため、自分の子どもに絵本を読んでやれません。もし絵本に点訳がついているならば、読んで聞かせられる。そう考えて、ボランティアの人に「点字絵本」を作ってもらうことにしました。そうして創始した「点字絵本ふれあい文庫」は、同じ悩みを持つ目の不自由な親たちに喜ばれ、いま地域にその輪をひろげています。

その岩田さんの一日は、ベランダに植えたバラに挨拶することから始まります。バラの一つひとつの新しい芽を手でそっとさわって確かめ、心の中で「おはよう」と呼びかける。「ごめん、水をやるのが遅れて」と詫びることもあるそうです。

「落ち込んでいるとき、薔薇は元気づけてくれます」「新芽がぐんぐん伸びてゆくのを触ってたしかめて、ああ、この芽はたった一日でこんなにも伸びてきたんやと思うと、私だって伸びてゆけるんやないか、なんとかなるわという感じになるんですね」(辰濃和男『風と遊び風に学ぶ』朝日ソノラマ)

こう語る岩田さんは、「今日」という日を新しく迎えつづける人と言えましょう。朝の空気をいっぱいに感じて生まれたばかりの新芽と心をかよわせ、一日を過ごし始めているにちがいありません。

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歌川豊國さんの著書『96歳の大学生』(PHP研究所)を読みました。すると、歌川さんもまた、「今日」という日を、自分にとって「一番若い日」として迎えつづける人でした。

明治36(1903)年、浮世絵師の歌川派の一門に生まれた歌川さんは、92歳になるまで、その最終学歴は「明治44年尋常高等小学校卒業」となっていました。

絵師の父から「絵かきには、学問は不要」と言われてその人生を歩んで来ましたが、これまでの実体験を文献として書き残したい。そのために、高度な教育を身につけたい。 歌川さんはそう考えて、平成8年に大阪府立桃谷高校の定時制に入学をしたのです。そして同校卒業後、11年には近畿大学法学部の2部に入学を果たした。「96歳の大学生」が誕生したのです。

歌川さんには、寝たきりに近い3歳年下の妻がいます。その93歳の妻を介護しながらの通学であるため、授業中、居眠りをすることもありました。しかし、1年次の学業成績は優が7つ、良と可が2つずつ、不可は英語だけという、立派な成績でした。

歌川さんはこう語ります。

「私は勉強することによって、今までぼんやりとしてしまいがちな目の前が明るくなっていくように感じています。今まで考えなかった別の世界が見えるようになってきたように思います」

また、「幸福に老いる10の心得」を歌川さんは掲げています。その第1は「青春とは情熱を燃やし続けること」で、第2は「青春とは新しさを求めること」、そして第4は「青春とは老いを感じないこと」です。

このような心得は、青春時代をとうに終えた人には、決して思い浮かべられないでしょう。青春時代をいま生きている人しか実感ができない決意だと私は思います。

歌川さんの次のような指摘を読むと、私は耳が痛くなります。

「年寄りだと思ったら、もうそのときから年寄りになってしまっているのです。/『10歳の老人あり、100歳の青年あり』ということを誰かが言っていますが、その人の心のもち方次第で、たとえ10代の若者だって『老人』になってしまうのです。/自分はもうこの世の中でいらない者だと、そう思った瞬間から『いらない人』になってしまうのです」

青春時代を謳歌する歌川さんから見れば、覇気の感じられない若者などは、〃老人〃として見下したいのでしょう。

90歳を過ぎて後もこのように「学ぶ心」を持ちつづけ、 初々しく生きる人生を送ろうではありませんか。

校長 佐久間勝彦

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